チームの鑑
広島から阪神に移籍した金本知憲が好例。金本の加入は「中心」のなかったタイガースという組織に「中心」をもたらした。どんな状態でも試合を休まない金本が入ってきたことで、他の選手たちも甘えが許されなくなった。
野球で言えば、エースと四番がそれに当たる。中心の考え方と行動は、他の人間に伝播する。
「一本でも多くヒットを打ちたい」「一勝でも多く勝ちたい」と考えるのは正しい。しかし、それが「自分の成績を伸ばすことでチームに貢献する」と変換されてしまってはいけないのだ。「チームのために成績を伸ばす」とならなければいけない。前者は「チーム…
組織論の大原則。中心いかんによって、組織が機能するか否かが決定される。中心は単に技量が優れているだけでは足りない。「チームの鑑」、すなわち、他の人間の模範であることが求められる。中心が仕事はもちろん、私生活においても自分を厳しく律し、真摯…
「責任はオレが取る」。そう断言してくれるからこそ、投手は思い切り自分を出し切ることができる。投手と捕手の人間関係は、そのまま上司と部下、夫と妻にも当てはまる。「古田も一人前になったな、と思った。この言葉が出てくるのは、自信の表れ」。
かつて指導した南海の江夏豊やヤクルトの石井一久を評して。「“打つなら打ってみやがれ”という自信満々の態度がよかった。雰囲気、強気で打者を圧倒していた」。
南海のエースとして活躍した江夏豊、江本孟紀、主砲の門田博光を評して。手がかかる子ほど可愛いもの。そして個性豊か。結果を出す才能もあふれていた。「オレはこの3人に育ててもらったと感謝している」。
エースや四番は、自分が周囲に与える影響力を十分に意識すべし。
楽天・山崎武司の奮闘を見て、ベテランの存在する意義を感じた。漫然と過ごすのではなく、常に挑戦している姿を見て、若手は尊敬し、やる気を高める。
江夏豊を説得した際の言葉。「大リーグを見てみい。これからは絶対に投手は分業制になる。だから、先駆者としてリリーフの分野で革命を起こしてみないか」とリリーフ転向を促した。阪神の大エースだった江夏が南海に移籍した1976年当時、先発&完投がエース…
四番に据えれば、四番らしい風格や自信がみなぎってプレーにも好影響を与える。ヤクルト時代の古田敦也が好例。
結果だけではなく、野球に取り組む姿勢や普段の生活態度にいたるまで、他の選手の模範となるべき。それでこそ、チームの中心選手。
ヤクルト監督時代、中心選手として成長してきた古田敦也捕手への助言。「リーダーとして、自分の所属する組織とどのように向かい合うか。何を伝えてゆくのか。ただ技術を教えるだけなら、それほど難しくない」。
選手が成長していくために必要な段階。