野村克也 名言集

仕事に挫折したとき、組織に悩んだとき、人生に苦しんだとき… 野村克也の言葉があるじゃないか。ノムさんの人生哲学が凝縮された名言集。

君たち、野球が好きだろ。それだけで幸せだよ。好きなものを職業にしているんだから

「君たちはその好きなものを追求して、人生の道と社会の道をつなげていくべきなんだよ」。

うまくいっているときは、周りに人がたくさん集まる。だが、一番大切なのは、どん底のとき、誰がそばにいてくれたかや

1998年9月、そのシーズン限りでヤクルトとの契約が切れ、延長要請もなかったことから、監督退任が決定的となった。プロ野球の第一線から退くと思われた野村への注目度は、一気に低くなった。取材陣や周りの取り巻きも減り、寂しさを感じていた。

野球バカではダメ。野球人生なんてたかだか20年。それから先の人生の方が長い。だから野球人たる前に、社会人たれ

人間的な成熟が必要。まずは、一般的な社会論や常識を身につけた社会人であってほしい。野球選手として生きていられる時間は短い。

努力は大切である。が、それだけでは大きな成果が得られるとは限らない。肝心なのは、正しい努力をしているかどうかだ

「正しい努力をせよ」。これこそ、成長を促し、よい変化をもたらす。

自分の未完成を知りながら完成に向けての工夫努力をしない人間。この人たちは自分の働く世界を舐めているのである。日本のプロ野球も産業界も、一見甘そうに見えながら、舐めてくる人間の存在をいつまでも許すほど甘くはない。自分を限定してしまったら、たとえ彼が二十歳であろうと老人と変わらない

向上心の大切さ。「人間、向上心を失ったらおしまいだ」。

プライドは自分でコントロールして初めて価値があるもの。あるときはプライドを捨てなくてはいけないし、あるときはプライドによって自分を保たなければいけない

1977年、南海を退団したときに感じたこと。屈辱的な監督解任を受けて実感のこもった言葉。

つまずきは絶望ではない。絶望=死なら、軽い風邪か、はしかといったところだ。人間、誰しもつまずく。つまずいて初めて出発できると考えるべきだ

天台宗僧侶で作家の今東光の話を聞いて。

進歩の過程にムダはつきもの。ムダには2種類ある。ひとつは文字どおりのムダ。やって空しい努力、やらなかった方がよい努力がこれだ。もうひとつは、一見ムダに見えるけれども、時間の経過とともに役立つムダ。これを目指すべき

プロセス主義の野村の持論。失敗から何を学ぶか、ムダから何を学ぶか。それが問われる。

「やるだけのことはやった」というのは、限界を越えたあと、どれだけやったかということではないでしょうか

限界を越えずに終わるのは、「ただ逃げているのと同じになる」。

他人の目を無条件で信じてはいけない。情報は自分の目で確認しなければならない

データを大切にする野村だが、データや情報を鵜呑みにはしない。分析や評価を通じて、“知識”に変えている。

直面した仕事に、どう対処するか。そのことを考え続けることによって、人間は少しずつ向上してゆく

ピンチをチャンスに変えるのは、まず自分の心。

人間、誰にでも通らなければいけない道がある。そこをどう歩くのか

回り道は“必要な道”である。苦労や悲しみの不遇のときの乗り越え方が、その後の人生でものをいう。