野村克也 名言集

仕事に挫折したとき、組織に悩んだとき、人生に苦しんだとき… 野村克也の言葉があるじゃないか。ノムさんの人生哲学が凝縮された名言集。

人を育てる

どの選手にも希望を失わせてはいけない

監督・野村克也は、レギュラーに気を遣うことはほとんどなかった。一方、控えの選手にはいつも気を遣っていた。彼らに希望を失わせてはいけないからだ。希望がなくなると彼らの成長が止まってしまう。だから、彼らの気持ちが野球から離れないように心を配っ…

強いチームに名コーチあり

コーチの生きがい、やりがいとはなんだろうか? それは、育てた選手がレギュラーを獲り、活躍する姿を見ることと、チームが強くなっていくことではないかと思う。選手にお世辞を言ったり、機嫌を取ったりするようになったら、要注意。コーチ自身が自分の仕事…

指導者は、答えを言ってはいけない

いまは教えたがる人間が無数にいる。そういった人間に手取り足取り指導されると、選手は「考える力」をなくしかねない。大切なのは、質問を投げかけ、選手の頭のなかで思考をめぐらせるように仕向けること。

指導者の最初の仕事は、教えることではなく見つけること

人を育てることは、まずその人の適性を見抜かなければならない。適性を把握したら、それを発揮できる場所を与え、能力に磨きをかける。これが、人材育成の流れである。

「この人間を育てたい」という気持ちは、人を育てる原点

素質を見抜き、適性を判断することも大切だが、その前に、自分のエゴや欲から離れたこの気持ちがなければ人を育てることはできない。

言葉の裏に愛情がない限り、どんな言葉も胸には突き刺さらない

いくら指導者が素晴らしい言葉を並べても、正しい理論を話し続けても、その裏側に指導者自身の欲しかなければ、相手の心には絶対に響かない。

体罰は、指導者の未熟さ以外のなにものでもない

体罰は指導者のエゴでしかなく、暴力でしか自分の考えを伝えられない指導者に共通して言えることは、指導に対するブレない軸を持っていないということ。指導する側とされる側に必要なのは、まず愛情。

この世にオギャーと生まれてきたときから、人間何らかの才能を持っている

神様は人間をうまく作っている。人間は間違いなく何か才能を持って生まれてくる。その才能に気がつき、見つけた人が幸せをつかむことができる。

「躾」という字は、「身を美しくする」と書く

躾(しつけ)の目的は、自分で自分を支配できる人間、すなわちセルフコントロールができる人間をつくることにある。自分で自分をコントロールできてはじめて、人間は何がしかの物事を成すことができる。

選手の“野生のスイッチ”を押すことは、監督にとって最初の、もっとも重要な仕事である

野村の言う野生とは、「気合や根性があればなんとかなる、事足りる」という体育会的な単純なものではない。さらなる向上心や探究心、チャレンジ意欲を促し、引き出すための野生である。野生のスイッチが入りさえすれば、つまり、消えかかっている闘争心や負…

恵まれすぎることは、恵まれないことよりも劣る

現代のプロ野球は練習設備が整い、プロの世界に足を踏み込んだときからコーチが手取り足取り指導してくれる。だが、一歩間違えれば、その恵まれた環境が選手の自主性や考える力を奪うことにつながる。過保護な親が子どもをダメにするのと同じ。

監督業とは“気づかせ屋”

選手が気づき、アドバイスを求めてくれば、そこからが指導者の腕の見せどころ、勝負どころ。そういうときの選手は向上心や知識欲が充満し、アドバイスを受け入れる態勢ができているから、教えたことをスポンジが水を吸い込むように、吸収していく。

叱ると褒めるは同義語

このふたつは愛情に裏打ちされた行為。私はあなたを愛しているから、あなたの行動が気になる。だから見ていて「よい点があれば褒めたい」「誤りがあれば注意したい、正したい」と思う。根っこはひとつなのだ。

財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上とする

野村の好きな言葉。リーダーの究極の仕事は「人を遺す」ことだと野村は考えている。

選手の持っている力を最大限引き出してやれないのは、指導者の怠慢にほかならない。私に言わせれば、指導者失格である

選手の隠れた才能や長所を見抜き、引き出し、活かす方法を見つけるのは、指導者の責任であり、使命。

指導は、「人間教育」と「技術面への助言」から構成される

人間教育をすることで、選手は自ら学ぶ意欲を高め、他者の視点から物事を考えられるようになる。これにより、技術面へのアドバイスをしたときに、自分自身で多くの「気づき」が得られるようになる。

その人独自の思想を育てるのがリーダーの役目

自分の思想や考えを押しつけるのが、よいリーダーなのではない。その人独自の思想を持つ選手を育てるのが、よいリーダーなのである。

「正しい考え方を身につけさせること」が指導の本質

選手を指導する真の目的は、「技術的なことを教える」ではなく、「正しい考え方のエキスを注入すること」にある。その選手の考え方が、そのまま今の取り組みに反映される。いくら表面的な技術面の指導をしても、考え方自体が間違っていれば、その選手は伸び…

人間は、「無視、称賛、非難」の順で試される

箸にも棒にもかからず、まったくお話にならない時期は「無視」。少し見込みが出てきたら「称賛」。そして、組織の中心を担うような存在になったと認めたら「非難」する。野村はそうして選手に接してきた。これは、野村自身が南海の鶴岡一人監督にそのように…

伸び悩んでいる選手はいわれなき自己限定をしている

「自分はこれで精一杯だ、自分の力はもはやここまでだ」と自己限定するのは、低いレベルで「妥協」するから。壁にぶつかると「オレはこんなもんだ」とあきらめて努力しなくなる。「中途半端な選手ほど、この傾向が強い。こんな考えだから、中途半端な選手で…

人には、当人も知らないような才能や技術が隠されている

「その隠れた才能を引き出すこと。年齢や体力に応じた才能の発揮法を、本人に気づかせてチャレンジのチャンスを与えること」。これも監督の使命だと考えている。

自信は言葉では育たない。本を読んでも人から聞いても、自信はつかない

実戦における“小さな成功体験”の積み重ねこそが、自信を育てる。

情をもって知を引き出し、意へと導く

「その流れこそ、師弟、先輩と後輩、教える側と教えられる側の間に、理想的な関係を築かせる」。

人を教え導くための基本は愛情。愛情なくして信頼関係は生まれない。信頼がなければ組織そのものが成り立たない

コーチは教えたがりではダメ。選手自身の中に疑問を生じさせ、向上するための知識欲が充満する方向へ導くのが、本来のコーチ術であり、指導の道。

人を育てるということは、つまり自信を育てるということ

「どのように接し、いかなる言葉を投げかければよいかは相手次第」。性格は千差万別。同じ態度で接しても、反発したり伸び悩む選手もいる。「そのサジ加減が指導者の醍醐味。ふとした一言が選手を発奮させたり傷つける」。選手へ的確な指導を個々に与えるこ…

ベンチでのさりげない一言が、選手を育てる

「ベンチでのささやきは、目の前に試合が展開しているから効果がある。簡単に言えば野球教室。目の前に具体例があるからこそ、説得力がある」。

正論で叱る硬派の指導者がいなくなった

V9の巨人を率いた名将・川上哲治の指導を振り返って。日本には昭和のカミナリオヤジがいなくなった。

指導とは「叱る」「褒める」のテクニック

「怒る」は感情。「叱る」は愛情。相手の方向性を見出し、導くこと。

期待しているからこそ、非難や批判もするし、悪口も言う。オレにやり玉にされるのは、オレが力を認めている証拠

テスト生時代は全く無視される毎日。入団4年目、レギュラーをつかんだ時期には、鶴岡一人監督から「おまえ、ようなったな」と称賛された。中心選手になった時期はうまくいって当たり前。点を取られてベンチに戻ってくると「バカタレ!」の連発だった。「まさ…

三振という結果だけを見て責めては、選手は次から三振だけはしないようにマイナス思考になる

大切なのは失敗を次につなげること。結果よりプロセスを重視する野村イズム。