野村克也 名言集

仕事に挫折したとき、組織に悩んだとき、人生に苦しんだとき… 野村克也の言葉があるじゃないか。ノムさんの人生哲学が凝縮された名言集。

二流・三流

常にかまわれていると「受け身の人間」になってしまう

何でも与えられ、教えられ、「こうしなさい」と指示を出されれば、そうされるのが当たり前だと何の疑問も抱かず、自分から問題を探し出し、自主的に物事に取り組もうという気など起きるわけがない。依頼心が強ければ強いほど、感性を鈍らせ、思考能力を衰え…

中途半端な安定を手に入れている選手ほど、変わることを怖がるものである

変わることによって一流選手の仲間入りをする可能性よりも、変わったために失敗して、現状よりも状況が悪くなるリスクの方に意識が向くようである。つまり変わる「勇気」が持てないのだ。しかし変わらなければ人は成長しない。

失敗したときに、何も感じることがない人間には先がない

自分の失敗に鈍感な人間ほど、すぐ謝る。

弱いチームというのはたいがい、現場とフロントの意思疎通ができていない

現場は「即戦力のピッチャーが欲しい」と要求しているのに、フロントは人気目当てで甲子園を沸かせた高校生ピッチャーを獲得にいったり、現場が足の速い野手を必要としているにもかかわらず、ろくに走れも守れもしない長距離バッターを獲ってきたりするとい…

失敗をしたとき、なぜ人は言い訳をしたがるのか。失敗と正面から向き合いたくないからである。失敗から逃げ出しているのだ。だから、同じ失敗をまた繰り返す

言い訳をする選手はまず伸びない。特に、リーダーの言い訳は禁物。

人間の最大の悪は何か。それは鈍感である

鈍感な選手は同じ失敗を繰り返す。感性が鈍いから失敗しても失敗と気づけないし、たとえ失敗を自覚しても、なぜそれが起こったかを自己分析できない。

弱いチームは規律が甘い。乱れている。断言してもいい

考え方も氏素性も異なる人間を統率し、同じ目標に向かって進ませていくためには、最低限の秩序やルールが必要。それを無視して各自が勝手に行動すれば、組織はまとまらない。当然、よい仕事もできない。

まったく実力がないにもかかわらず、「自分を見てくれていない」と言ってふてくされるようでは、元から見込みがない

「なんとかして自分を見てもらいたい、認められたい」と願い、「そのためにはどうすればいいのか」と考えるところから、人の成長は始まる。

仕事に対する取り組みがいいかげんな者にかぎって、外見で目立とうとする

仕事に自信がないから、外見で注目を浴びようとする。仕事に自信があれば見た目で目立つ必要はない。

自分をコントロールできなくて、ボールをコントロールできるか!

自分の感情をコントロールできるか否かは、一流と二流の分かれ目のひとつ。

満足・妥協・限定は負のスパイラル

満足してしまえば、「このくらいやればいい」と低いレベルで妥協するようになる。妥協してしまえば、「これ以上は無理だ」と自己限定してしまう。満足が妥協を呼び、妥協が限定を呼ぶのである。そうなれば、もはや成長など期待できない。

「もうダメだ」とあきらめてしまえば、それ以上の成長はない。「どうすればこの状態を突破できるか」と考えることができれば、必ず道は拓ける

一流と二流を分けるもの。それは才能の多寡ではなく、伸び悩んだり、限界に突き当たったりしたときに、どういう態度をとるかだ。

同じ失敗を二度も三度も繰り返す人間は、二流、三流にしかなれない

一流は同じ失敗を繰り返さない。

人間は壁にぶつかると、都合のいい理由を見つけて自分をだまし、納得させ、あるいは逃避する

自分をだまし、相手をだましながら、ピンチをしのぐ。「そこからは決して努力は生まれない」。

弱いチームに長くいると、経験という糧を蓄えることができない

人は悪い環境にいれば、流されてしまうもの。ポジティブな空気、言葉が人を育てる。自信を与える。

弱いから派閥ができるのか、それとも派閥ができるから弱いのか。いずれにせよ、派閥が存在するようなチームが強いわけがない

低迷したチームに必ずあったのが派閥だった。王貞治もダイエー監督に就任した頃、南海時代からの派閥を一掃した。

チームは“仲良し集団”になってはいけない。弱いチームはそうなりがち

V9時代の巨人は、まずいプレーをした選手には、味方からも容赦なく厳しいヤジが飛んだ。

一流は無理でも“超二流”にはなれる

プロに入るほどの素質があれば、野球に対する取り組み方や考え方次第では、そこまで行き着けるもの。

一流選手は修正能力に優れている。同じ過ちを二度繰り返さない

二度繰り返す者は二流、三度繰り返す者は三流。

一流は弁解せず、二流は責任を転嫁する

失敗に対して潔く責任を認め、受け入れること。この強さと客観性が向上心につながり、自己変革のきっかけとなる。

私は中途半端な選手が嫌いだ

「たいした実力もないのに自分はスターだと勘違いしている選手や、周囲から甘やかされて“これでいいんだ”と自己満足している選手」。自己満足ほどやっかいな敵はいない。

「僕ってこういう人間だから」と前置きする若者に、向上したり進歩したりする余地はない

「自己限定」した自分を、周囲に認めさせる。そんな風潮は許せない。

ヌルマ湯に入ると、いつまでも出たくない

自分を律することの厳しさ。生活面で「これくらいやればいいや」と出てしまう。「人間は習慣の動物だから、長い間そうした思考を続けていると、それが必ず仕事の面でも現れてしまう」。

傲慢な人間には、現状維持も伸び率もない。ただ、下降線をたどっていくのみ

「これでいい」「自分はすごい」と思った瞬間から下り坂。

才能を持ちながらあきらめて妥協している選手が許せない

「オレはこんなもん。これくらいやればいいや」と自分で限界を作る。最も楽で卑怯な考え方。

依頼心が強すぎると、人間の思考力は著しく衰える。思考が止まれば、進歩も止まる

思考停止とは、つまり変化しないこと。これでは進歩は望めない。そこで停滞するだけでなく、衰退も始まる。

個性とは、世のため人のために役に立ってこそ生きてくる、個人の特性

自分だけが得をする、目立つ、いい思いをするなど、自分勝手な行動を個性とは呼ばない。個性は周りの人の承認と納得があって輝くもの。

自分の未完成を知りながら完成に向けての工夫努力をしない人間。この人たちは自分の働く世界を舐めているのである。日本のプロ野球も産業界も、一見甘そうに見えながら、舐めてくる人間の存在をいつまでも許すほど甘くはない。自分を限定してしまったら、たとえ彼が二十歳であろうと老人と変わらない

向上心の大切さ。「人間、向上心を失ったらおしまいだ」。

35歳を超えて敵がいないということは、人間的に見込みがないことである

何かを成し遂げようとすれば、敵は当然できる。

コントロールと頭脳は比例する

2007年8月のロッテ戦。先発投手ながら背信投球で1回途中、4失点で降板した投手に対し、厳しい言葉で先発投手の責任感を促した。

未熟者にスランプはない

技術的、精神的に未熟な選手ほど、スランプを口にする傾向があることに釘を刺した。スランプとは、一流の人だけが使っていい言葉。