野村克也 名言集

仕事に挫折したとき、組織に悩んだとき、人生に苦しんだとき… 野村克也の言葉があるじゃないか。ノムさんの人生哲学が凝縮された名言集。

■野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉

夢は……高校野球の監督をやりたい。子供を教えるのは楽しい。資格を持ったときは75歳か、できるかな

いくつになっても夢があるのは、自分の可能性を信じているから。

人生は「忍」の一文字。人生に四耐あり。苦(四苦八苦)労(心労、疲労)冷(世の中は冷たい、人を頼らない)閑(相手にされず、どうにもならない時期)

困難な道のりを2つの“気”で踏ん張った。ひとつは、ユーモア。もうひとつは、夢。

仕事の三大要素とは計画・実行・確認や

あらゆる仕事やプレーを成功させるためには、この3段階をプロセスとして経るべし。

人間には三つの坂がある。ひとつは、上り坂。もうひとつは下り坂。あとひとつは…マサカや

小泉純一郎元首相もよく使う言葉。

金を失うは小なり、名誉を失うは大なり、勇気を失うはすべてを失うなり

人が失ってはいけないものの優先順位。

仕事をする上で必要な三つの能力がある。「問題分析能力」、「人間関係能力」、そして最後のひとつが「未来想像能力」である

組織を仕切る仕事において求められるもの。

60歳を過ぎて地味な服を着ていたら、地味な仕事しかできん。ヴェルサーチとかバリッと着ていたら端から見て何かやってくれそうな気がするやろ

華やか、派手な服装が大好き。「形」から入ることで「自信」を得ることもある。

人間が最低限、持っていなければならない要素は ①節度を持て ②他人の痛みを知れ ③問題意識を持て

「世の中、一人では生きていけない。社会は自分の思い通りに動いてくれない。一人で生きていけない以上、人間関係をうまく作る円滑さや、他人の痛みを知ることを早く身につけさせたい」。

どうだ、革命を起こしてみないか

江夏豊を説得した際の言葉。「大リーグを見てみい。これからは絶対に投手は分業制になる。だから、先駆者としてリリーフの分野で革命を起こしてみないか」とリリーフ転向を促した。阪神の大エースだった江夏が南海に移籍した1976年当時、先発&完投がエース…

君たち、野球が好きだろ。それだけで幸せだよ。好きなものを職業にしているんだから

「君たちはその好きなものを追求して、人生の道と社会の道をつなげていくべきなんだよ」。

うまくいっているときは、周りに人がたくさん集まる。だが、一番大切なのは、どん底のとき、誰がそばにいてくれたかや

1998年9月、そのシーズン限りでヤクルトとの契約が切れ、延長要請もなかったことから、監督退任が決定的となった。プロ野球の第一線から退くと思われた野村への注目度は、一気に低くなった。取材陣や周りの取り巻きも減り、寂しさを感じていた。

野球バカではダメ。野球人生なんてたかだか20年。それから先の人生の方が長い。だから野球人たる前に、社会人たれ

人間的な成熟が必要。まずは、一般的な社会論や常識を身につけた社会人であってほしい。野球選手として生きていられる時間は短い。

努力は大切である。が、それだけでは大きな成果が得られるとは限らない。肝心なのは、正しい努力をしているかどうかだ

「正しい努力をせよ」。これこそ、成長を促し、よい変化をもたらす。

自分の未完成を知りながら完成に向けての工夫努力をしない人間。この人たちは自分の働く世界を舐めているのである。日本のプロ野球も産業界も、一見甘そうに見えながら、舐めてくる人間の存在をいつまでも許すほど甘くはない。自分を限定してしまったら、たとえ彼が二十歳であろうと老人と変わらない

向上心の大切さ。「人間、向上心を失ったらおしまいだ」。

プライドは自分でコントロールして初めて価値があるもの。あるときはプライドを捨てなくてはいけないし、あるときはプライドによって自分を保たなければいけない

1977年、南海を退団したときに感じたこと。屈辱的な監督解任を受けて実感のこもった言葉。

つまずきは絶望ではない。絶望=死なら、軽い風邪か、はしかといったところだ。人間、誰しもつまずく。つまずいて初めて出発できると考えるべきだ

天台宗僧侶で作家の今東光の話を聞いて。

進歩の過程にムダはつきもの。ムダには2種類ある。ひとつは文字どおりのムダ。やって空しい努力、やらなかった方がよい努力がこれだ。もうひとつは、一見ムダに見えるけれども、時間の経過とともに役立つムダ。これを目指すべき

プロセス主義の野村の持論。失敗から何を学ぶか、ムダから何を学ぶか。それが問われる。

「やるだけのことはやった」というのは、限界を越えたあと、どれだけやったかということではないでしょうか

限界を越えずに終わるのは、「ただ逃げているのと同じになる」。

他人の目を無条件で信じてはいけない。情報は自分の目で確認しなければならない

データを大切にする野村だが、データや情報を鵜呑みにはしない。分析や評価を通じて、“知識”に変えている。

直面した仕事に、どう対処するか。そのことを考え続けることによって、人間は少しずつ向上してゆく

ピンチをチャンスに変えるのは、まず自分の心。

人間、誰にでも通らなければいけない道がある。そこをどう歩くのか

回り道は“必要な道”である。苦労や悲しみの不遇のときの乗り越え方が、その後の人生でものをいう。

よい仕事をするには、「己を知ること」が大切。その上で、さらに相手を圧倒する何かを考えることが大事

いくら目標があっても、己を知らないと何も始まらない。「自分はどういう存在なのか、認識することが大事」。

大舞台が選手を育ててくれる。逆に言えば、大きな舞台を経験しないと、飛躍はない

「特に日本シリーズの舞台が、一番キャッチャーを成長させる。最低4試合以上あるし、同じ相手と戦うから、キャッチャーは(データ分析などが)大変。記憶、推理、判断が求められる」。

「どうするか」を考えない人に、「どうなるか」は見えない

意識を持つことで、夢や目標が明確になる。

人格、品格を問われる年齢がある

その態度や発言をするのは、もう許されないという年齢は確かに存在する。

自分なりの人生観を持たなければ、いい仕事はできない

野球は人生の縮図。野球は人生そのもの。だからこそ、野球をするにあたって、明確な「こうありたい」という人生観がないといけない。

思考が人生を決定する。考え方が取り組みになり、人間形成となる

「人生を生き抜く上でなくてはならないエンジンとは、理想、情熱、信念」

長嶋や王は太陽の下で咲く向日葵。ボクは人の見ていないところでひっそりと咲く月見草みたいなもの。自己満足かもしれないが、そういう花もあっていいと思ってきた。数は少なくても、見に来てくれるお客さんのために咲く花があってもいい。これが私を22年間支えてきたものなのです

1975年5月22日、通算600号本塁打を打ったあとの記者会見での言葉。王貞治に遅れること1年。史上2人目となる600号を決めた。1ヶ月前から会見での言葉を考えていた野村は、自らと王・長嶋を花に例えた。自分を表す花は、故郷・京都の夕方になるとたくさん咲く…

慣れに埋没する恐ろしさは、経験したものでないとわからない

慣れのすぐ近くに慢心がある。

便利は弱い、不便は弱い、器用は弱い、不器用は強い

便利なものに頼りすぎる者は弱い。不便なものは使えない。器用に何でもこなす者も、いざというピンチで対応できないことがある。不器用な人間は、それを克服する努力を積み重ねたとき、底力を発揮する。

本当の強さとは、どん底を見て、そこからはい上がってきた人間が持ってるもんや

真の強さとは、失敗から育まれる。

上を向いて進め、下を向いて暮らせ、過去を思い出して笑え

上ばかり見ていると、自分を過信したり、うぬぼれたりしていることに気がつかない。下を見れば、自分よりつらい目にあっている人、不遇な人、苦しんでいる人が大勢いることを知るはずだ。

35歳を超えて敵がいないということは、人間的に見込みがないことである

何かを成し遂げようとすれば、敵は当然できる。

使命感とは命を使うことだ

使命感と責任感が自分・組織・企業を伸ばす。

恥をかき続けた27年間を終わってみて、「人間は、恥ずかしさという思いに比例して進歩するものだ」と、気がついた。それが「修行」。「恥ずかしい」と感じることから進歩は始まる

27年間の現役生活を振り返って。

その人間の価値や存在感は、他人が決めるのである。人間は人の評価で生きている。自分の評価より、他人が下した評価の方が正しいのである

「だからこそ、素直さや謙虚さが求められる」。

貴い知識・本質はいつの世でも、本来、単純明快である

野村が“本の虫”である理由。

黙っていたら分からない。短い言葉でも人を感激させ、感動させることができる。まさに「言葉は力なり」。言葉がなければ、何も伝わらない

感謝の気持ちは、言葉にしてこそ伝わる。

挨拶は、人間らしく生きるための基本の心である。親に挨拶の心がないと、それは必ず子供にも表れる

“挨拶”という漢字は、“ひらいて、せまる”という意。相手に心を開いて、すぐそばまで近づくこと。挨拶は人間関係を円滑にする第一歩である。

一段階、また一段階と登っていく過程で、私は劣等感をバネにしてきた

小さいときには貧乏、プロに入ったときはテスト生、レギュラー時代は華やかなセ・リーグに対して「劣等感」を持つことで、より高みを目指した。

人間は不満がなければ成長しない

満足したら、そこで成長は止まる。

人には理想があり、欲望がある。しかし現実はうまくいかない。だから歯がゆい。ボヤキは高いところに登ろうとする意欲の変形だ

“ボヤキのノムさん”がボヤく理由。「ボヤキは悪い行為ではない。裏を返せば、理想を持っているということ。理想が高ければ高いほどボヤキたくなる」。

“勘”というと一般的になんとなく曖昧なもののように思われるけど、習練を積み重ねたところから生まれる“勘”というものは、科学も及ばない正確性、適格性を持っている。そこに人間の習練の尊さというものがある

1963年に当時の日本新記録となる52号本塁打を放った試合を振り返って。「第六感」と「ヤマ勘」は違う。第六感は執念のヒラメキ。

不器用を恥じることはない。不器用なことを認識していれば、熱心に研究するし、対策を考える

「自分は不器用だから、人が100回素振りをすれば、200回、300回やらなければならない、と言い聞かせてやってきた。それだけに不器用な人間の苦労もわかるつもりだし、逆に器用に生きようとする人たちの弱さも見てきた」。

「自分は運が悪いなあ」と嘆くのは簡単。しかし不運(よい結果が出ない)には必ず、それなりの理由がある。そして幸運にも、それ相当の過程がある

負けに不思議の負けはない。

極秘事項は、どんな親しい友人にもしゃべってはいけない。自分の口から漏らしたことは、必ず広がる

南海時代、苦手にしていた稲尾和久の投球を16ミリカメラで撮影してクセを発見。対戦打率を3割近くまで上げた。だが、南海の同僚でエースの杉浦忠にその話をしたところ、稲尾に伝わってしまい、稲尾はクセを修正してしまった。せっかくのデータ収集、エース攻…

「野村の考え」の根本にあるのは、目に見えない力、無形の力を引き出し、育てること。結果は大切だが、すべてではない。結果の裏側にあるプロセスこそ重視すべき

「我々は結果主義。よい結果を出すためには、どれだけの準備をしたか、で決まる」。

感性は執念と向上心から湧き出る

野球をやる上で、野村は「感性」を重要視している。これは生きる上で必要不可欠なことでもあるという。感じる心がない、薄い人は、どの世界でも疎まれる。

感性は生きる力なり。感性なくして人間は生きられない

「感性を磨くには、感動体験を味わうこと。できる限り本物、一級品、最高級のものに接すること」。

地位が人をつくり、環境が人を育てる

四番に据えれば、四番らしい風格や自信がみなぎってプレーにも好影響を与える。ヤクルト時代の古田敦也が好例。