2016-11-23から1日間の記事一覧
指揮者、司令長官、監督は、千差万別の個性や才能、力量ある者を集めて、訓練し、統御し、自在に指揮してひとつの完成品を作り上げるのが仕事。そこに男の生きがいがある。
ヤクルト監督時代の1997年5月。神宮外苑では濃い紫色のつつじが満開になる。花の美しさを伝えた記者に、野村はその美しさではなく、味で答えた。貧しい少年時代だった。3歳上の兄と新聞配達、アイスキャンディーを売り、子守などをして家計を助けた。新聞配…
野村の“監督”は夫人の沙知代さん。「世界広しと言えども、あの人についていけるのは私だけだと密かに自負している」。2017年12月8日、沙知代さんは85歳でこの世を去った。野村は、二人三脚で人生の荒波を乗り越えてきた最愛の伴侶を失った。
愛妻・沙知代さんは料理上手で、野村の食事はすべて作る。野村の来客の際は、お手伝いさんには何も頼まず、自らお茶やコーヒーを用意するという。そんな沙知代さんについて、野村は「怖い、かわいい」。
照れ屋の野村だが、その野球愛、夫婦愛は深い。2017年12月8日、沙知代さんは85歳でこの世を去った。野村は、二人三脚で人生の荒波を乗り越えてきた最愛の伴侶を失った。
当時42歳。現役か引退かを悩んだ野村は、尊敬する評論家・草柳大蔵に相談。草柳は「人間、何かを求めている限り、一生涯が勉強ですよ。やりたければ、やればいいでしょう」と説き、野村は「自分は野球の奥に向かって歩いている。まだ中途のところにいる人間…
「50歳で二軍に落ち、給料10万円でもいい。どうせ私は契約金ゼロ、初任給7000円で入団したんですから。最後は二軍に落ちてクビになり、これで人生ひとまわり」。
“監督にとって野球とは?”という問いに対して。奇しくも、長嶋茂雄が巨人監督を優待したときの言葉と同じ。
勝負のとき、情がからむと冷静な判断ができなくなるから。指揮官は孤独なのだ。
引き受けない理由は、野村が結婚したとき、当時南海の鶴岡一人監督に仲人をしてもらえず、自分の結婚式の1週間後、別の選手の結婚式では、鶴岡監督が仲人をしたことを知り、ショックを受けたから。「本当に悲しかった。選手に同じ思いをさせたくない。あの選…
自分を知り、愛することで、戦いに挑める。
分業制が進んだ野球界で必要なこと。そのためには、よく観察することから始まる。監督は選手の意見を聞く力、選手を見る目が問われる。よい状態は何球までか? スタミナは? 性格は? けん制やクイック投法、一番優れた球種などを見極める。
「名選手、名監督にならず」という言葉もあるが、逆に無名選手でも名監督になれる。
リーダー、係長、課長、部長……役職のある人間は、部下のやる気を引き出す対応が求められる。そのひとつが“対話”。
王貞治元ソフトバンク監督を評して。ソフトバンクの選手たちは、王監督を尊敬し、その気持ちを口にしていた。「王監督のために」「王監督を胴上げしたい」など、よいムードが漂っていた。
育てるということは、部下に合ったものを見つけてやること。
監督としての基本姿勢。放っておけば、後の“大過”となる。
ユーモアも戦力だと考えている。「ムードは大事。ムードがいいとチームはうまく機能する。お通夜みたいなベンチでは、勝てるものも勝てない」。
集団を強くする要素。「愛情を育てればチームは強くなる。プライドとは、恥を知ることから生まれる」。
「怒るは感情のまま。叱るは愛情がないとできない」。怒ると叱るの違いを、野村はこう定義する。
「日本のコーチは親切過ぎる。教えたがる。自分の存在感を押し付けている。コーチは“手助け屋”でいい」。
好かれることを気にして気疲れしている人、嫌われることを恐れて本音が言えない人には耳が痛い。
リーダーは部下とも戦っている。敵は組織の外だけでなく、内にもいるのだ。